正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
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2010年ワールドカップ(W杯)・不測の事態あれば代替国開催も=日本も候補、FIFA会長・2002年の日韓共催Wカップはもう一つの開催国があまりにも酷かった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070430-00000074-jij-spo


不測の事態あれば代替国開催も=日本も候補、FIFA会長-10年W杯サッカー
4月30日21時0分配信 時事通信

 【ロンドン30日時事】国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長が、2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会が不測の事態で開催不可能になった場合、代替開催国を検討する必要があるとの考えを示し、候補の一つとして日本を挙げた。英BBC放送(電子版)が30日、伝えた。








南アフリカで不測の事態が起こるのを希望するわけではないが、日本単独でサッカーWカップが開催されたら正直言って嬉しい!

2002年の日韓共催Wカップは、もう一つの開催国があまりにも酷かったので全体的は失敗と見られているのではないだろうか。





――――――
10年以上も先に単独開催を立候補していた日本への嫌がらせで、日本にだけは負けまいという政治思想のもと強引に共催に扱ぎつけた。

自国のスタジアムの建設費用は負担させ、大会のロゴが気に入らないとイチャモンをつけ、公式マスコットには難癖をつけ、公式ソングは韓国人に歌わせろなどと悪態をついた。

公式HPでは「KOREA WORLD CUP」と表記し、韓国新聞社HPでは意図的に「JAPAN」のロゴを隠した。

反省する様子もなく善戦マンセーで狂喜乱舞し、抽選会や開会式は全て韓国色に染めた。


開会式では小泉には常識はずれのブーイングをかまし、挙句の果てには自国アピールのために大事な大事な芝生を踏み荒らした。

しまいにはチケットが捌けなければ無料で配り始める有り様・・・


そしてあっかんは日本が失点した報を聞いて狂喜し、日本得点で大ブーイングが巻き起った。


とどめは、韓国戦の審判の判定・・・




次をクリックすると5分間のYou Tubeに移行
2002 World Cup ( ITA vs KOR ) ( ESP vs KOR ) wrong referee
http://www.youtube.com/watch?v=qZavna9VLAA&eurl

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「昭和の日」記念・昭和天皇の知られざる実像・マッカーサーを感動させた言葉・貞明皇太后の前で泣いた昭和天皇とその後の行幸

国営昭和記念公園に過去最高9万人入園

 国営昭和記念公園(立川、昭島市)は29日、この日の入園者数が9万2299人を記録し、一日の入園者数としては昭和58年の開園以来、過去最高だったことを明らかにした。

(略)

 同園では「昭和の日」を記念して、花みどり文化センターで28日から「昭和の時代と子どもたち」と題するイベントを開催している。

 また、八王子市長房町の陵南公園では29日、「いつくしむ昭和。~昭和の日記念式典~」や記念イベントが開催され、約2万人の市民が昭和の日を祝った。












昨日は「昭和の日」だった。

昭和天皇の知られざる実像を述べる。










マッカーサーを感動させた昭和天皇の言葉


「…(終戦時において)陛下に対する占領軍としての料理の仕方は、四つありました。

一つは東京裁判に引き出し、これを絞首刑にする。
一つは共産党をおだてあげ、人民裁判の名においてこれを血祭りにあげる。
三番目は、中国へ亡命させて中国で殺す。そうでなければ、二〇個師団の兵力に相当するかと怯えた彼らです。
また第四番目は、闇から闇へ、一服もることによって陛下を葬り去ることでありました。


いずれにしても、陛下は殺される運命にあったのです。
天皇は馬鹿か、気狂いか、偉大なる聖者か、いつでもつかまえられる。
かつては一万八〇〇〇人の近衛師団に守られたかもしれないが、今や全くの護衛を持たずして、二重橋の向こうにいる。…


陛下の割腹自刃の計画は、三度ありました。
貞明(皇太后)様は、(侍従に、)陛下から目を離さんように命じました。
じつに一番悩まれたのは、陛下でありましたでしょう。


九月二七日、陛下がただ一人の通訳を連れて、マッカーサーの前に立たれたことは、皆様方もよくご承知の通りであります。
ついに天皇をつかまえるべき時が来た。
マッカーサーは、二個師団の兵力の待機を命じました。
マッカーサーは、陛下は命乞いに来られたものと勘違いし、傲慢不遜にもマドロスパイプを口にくわえて、ソファーから立とうともしなかった。

陛下は直立不動のままで、国際儀礼としてのご挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

――弱ったのは通訳でした。その通り訳していいのか

――しかし陛下は続けました。

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』


天皇は、やれ軍閥が悪い、やれ財界が悪いと言う中で、一切の責任はこの私にあります、絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処せられても…と淡々として申された。
このような態度を見せられたのは、われらが天皇ただ一人であったのです。
陛下は我々を裏切らなかった。

マッカーサーは驚いて、スクッと立ち上がり、今度は陛下を抱くようにして座らせました。
そして部下に、「陛下は興奮しておいでのようだから、おコーヒーをさしあげるように」と。

マッカーサーは今度は一臣下のごとく、直立不動で陛下の前に立ち、
「天皇とはこのようなものでありましたか!天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」
と。

陛下は、再びスクッと立たれ、涙をポロポロと流し、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」
と。

そののちマッカーサーは、陛下を玄関(ホール)まで伴い、見送ったのです。


皆様方、日本は八〇〇〇万人と言いました。
どう計算しても八〇〇〇万はおらなかったでしょう。
いかがです?
一億の民から朝鮮半島と台湾、樺太をはじめ、すべてを差し引いて、どうして八千万でしょうか。
じつは六六〇〇万人しかいなかったのです。
それをあえて、マッカーサーは、八〇〇〇万として食糧をごまかして取ってくれました。
つまりマッカーサーは、いわゆる、陛下のご人徳にふれたのです。
米国大統領からは、日本に一〇〇〇万の餓死者を出すべしと、マッカーサーに命令が来ておったのです。

ただ一言、マッカーサーは、
『陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた』
と言いました。

彼は陛下のために、食糧放出を八〇〇〇万人の計算で出してくれました。
それが後で、ばれてしまいます。
彼が解任された最大の理由はそれであったというのが、事の真相です。








貞明皇太后の前で泣いた昭和天皇


また、さらにご立派であったのは、貞明皇太后でした。

母君の貞明様は、亡くなるまで防空壕の中で生涯を送り、雨漏りのする、そして皆様方、貞明様は法華経の信者でしたから、戦死者のお名前を一〇人ずつ書きながら、法華経をあげて生涯を送られたのです。

その貞明様が、皇霊殿に陛下をお招きになりました。
皇霊殿は高いので、東京の市中が見えるのであります。
焼けただれ、一日千秋の思いでわが子の復員を待つ年寄りたちの姿も、見えるのであります。

貞明様は陛下にそれをお見せになり、
「陛下、国民は陛下のご不徳によって、このように苦しんでおります。この国を一日も早う復興しようと召されず、お腹をおめしになろう(切腹しよう)などとはご卑怯ではありませんか。退位は絶対になりません!」

陛下は、母君の前で頭を垂れて泣かれたそうです。
どうしたらいいのかと。

陛下の万歳を叫んで死んでいった護国の英霊の労苦を労いなさい、遺族の労苦を労いなさい、産業戦士の労苦を労いなさい――これが、後の陛下の行幸(外出)になったのでした。

最初の地は広島でした。
原爆の地、広島でした。
共産党の腕利きが、今こそ「戦争の元凶である裕仁に対して恨みを報いようではないか」とビラをまき、宣伝カーで叫んでいました。
しかし、陛下は一兵の護衛をも持たず、ツギのあたった背広をお召しになり、中折れ帽をかぶって、広島の駅頭に立たれたことは、われらの記憶に新しいところであります。
むしろ陛下がおいたわしかった。
「万歳、万歳」の歓呼をもって迎えられました。

言えばやはり記録に残りましょうから、その県名と市名はもうしませんが、北陸のある所(福井市)においては共産党が、「朕はたらふく飯を食う。汝臣民飢えて死ね」とプラカードを仕立て、二〇〇〇名のデモ行進をやっていました。
「陛下、お逃げなさい」
しかし陛下は、「私に面会を申し込んでいる限り、私が会いましょう」 と言って、皆の前に頭を下げられました。
「皆様方が私を打擲することによって心が癒えるならば、ごずいにめされたがいい。でも日本の国を一日も早う復興し、次の子孫へこの国を送り得てこそ、はじめて護国の英霊に対し、我々が報いる道ではなかろうか」
と陛下は申されたのでした――はっきり言ったほうが良かったのかも知れませんが、場所を。

陛下に向かっての発砲もありました。
八二歳のある老婆が犠牲になったことも、中国地方の一角でありました(広島で、陛下をねらった弾がはずれて老婆に当たった事件)。
陛下の行幸は、そういう中に続いたのであります。…」

歩一〇四記念講演特集号より








マッカーサーおよび侍従長の証言


以上が、三上教授の講演の言葉である。
この講演にも出てきた一九四五年九月二七日の天皇とマッカーサーの会見については、辻井圭三氏(キリスト伝道会「活水の群」副理事長)も、こう書いている。
「この件については、第二回目の通訳をされた、内閣情報局総裁であり戦後外務次官も務められた奥村勝蔵氏を通じて、私は詳しく伺いました」
そして、三上教授の言っている通りであると述べている。
実際マッカーサー自身が、のちに回顧録の中で次のように書いたのである。

「天皇の話はこうだった。
 『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』
――大きな感動が私をゆさぶった。
死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)

天皇とマッカーサーの会見は、はじめ一五分の予定だった。
しかし、マッカーサーは天皇の態度に深い感銘を受け、会見は三五分にも及んだのである。
会見がなされると、その会見の要旨は後ほど通訳の手で文書にまとめられ、侍従長に渡される習慣になっていた。
会見の翌日、藤田侍従長は、会見における天皇の発言の要旨を文書にまとめたものを、通訳から受け取った。
藤田氏は、いつものようにそれに目を通したうえで、天皇のもとに提出した。
藤田氏はこのとき、メモをとらなかった。

しかし彼はのちに、その内容について二つの点をはっきり憶えていると言って、次のように著書の中に書いている。

「…陛下は、次の意味のことをマッカーサー元帥に伝えられている。
『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。
私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい』
一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の流露は、マッカーサー元帥を強く感動させたようだ。
『かつて、戦い破れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。私は陛下に感謝申したい。占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい』」
とマッカーサーは言った(藤田尚徳『侍従長の回想』昭和三六年)。



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次回は「憲法記念日」も兼ねて【昭和天皇の戦争責任】を明治憲法などから検証する。

果たして昭和天皇に戦争責任はあるのか?!

論争に終止符を打つ。









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日本海と「東海」併記を=韓国・5月上旬に開かれる国際水路機関(IHO)総会で・なぜ今頃また?・チンピラのような言い掛かりを絶対に許すな!

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070430-00000056-jij-int


日本海と「東海」併記を=韓国
4月30日17時0分配信 時事通信

 【ソウル30日時事】韓国政府当局者は30日、5月上旬に開かれる国際水路機関(IHO)総会で取り上げられる日本海の名称問題について、韓国での名称である「東海」と日本海を併記するよう求める方針を明らかにした。通信社・聯合ニュースが伝えた。










これって、確か2002年から韓国がチンピラのような言い掛かりを付けて来たはず。

当時、連中は、「昔の地図には 【日本海】という名称は登場せず、植民地時代に強制されたようなことを言っていた。

しかし、勿論これは連中の捏造であり、日韓併合前の19世紀、既に世界中で「日本海(Sea of Japan)」の呼称が定着したことも判明し、争いは終息していたはず。

国際水路機関(IHO)総会が5年ごとに開催されるので、また性懲りもなく騒ぎ出したようだ。

前回は「東海」を強硬に主張していたが、今回は【併記】を主張している。

勿論、【併記】も絶対に許してはならない。

安倍首相が慰安婦問題で、「申し訳ない思いだ」などとアメリカで謝罪を表明したため、連中は「安倍は組し易し」と考えて畳み掛けようとしているのではないだろうか?!










■参考


米議会図書館の19世紀地図、8割超が「日本海」表記

 外務省は、米議会図書館所蔵の14―19世紀の地図を対象に、日本海海域の名称がどのように表記されているか調査し、このほど、その結果をまとめた。

 19世紀の地図の8割超が「日本海」と表記しており、「19世紀初頭からヨーロッパで日本海の呼称が定着していた」という日本政府の主張が裏付けられたとしている。

 調査対象は1730枚で、このうち、1435枚は日本海海域に何らかの呼称を記載していた。内訳は、「日本海」が77%に上り、「朝鮮海」が13%、「中国海」は2%、「東洋海」が1%、「東海」は0・1%だった。

 19世紀発行の1285枚に限ると、「日本海」は82%を占め、「朝鮮海」は7%。「東洋海」と記した地図は2枚、「東海」は1枚だった。

 韓国は「『日本海』が定着したのは、日本の植民地主義が原因」などと主張し、「東海」と名称を変えるよう国際社会に働きかけている。

(2005年7月30日23時8分 読売新聞)








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日米首脳会談・慰安婦問題での安倍首相の謝罪の影響・宮沢/加藤/河野の3馬鹿トリオに並ぶ大失態・自分のことしか考えず日本国民を平気で裏切る安倍晋三

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070429-00000003-san-pol


テロ支援国家指定の解除 大統領「拉致を考慮」 日米首脳会談
4月29日8時0分配信 産経新聞
(一部抜粋)
【慰安婦問題】
 首相は会談で「慰安婦の方々にとって非常に困難な状況の中、辛酸をなめられたことに対し、人間として首相として心から同情している。そういう状況に置かれたことに申し訳ない思いだ」と謝罪した。
―――――――








同じく今朝の産経新聞の【主張】(社説)より一部抜粋



―――――――
 慰安婦問題については、首相が「心からの同情」と「申し訳ない思い」を込めて、謝罪を表明した。大統領は「大変思いやりのある率直な声明だ」と受け入れた。
 首相としては、慰安婦問題が首脳会談の議題となることは不本意だっただろうが、米国内での問題の広がりなどを踏まえて決断した形だ。大統領としても、これ以上、日米関係に悪影響を及ぼす要因にしてはならないという態度を鮮明にしたものといえよう。
―――――――








謝罪するようなことをしてもいないのに謝罪することが、果たして日米関係にとって良いことなのだろうか?

上の産経新聞の社説は、「これ以上、日米関係に悪影響を及ぼす要因にしてはならないという態度を鮮明にした」とアホなことを述べているが、これは15年前に当時の宮沢喜一首相や加藤紘一官房長官が韓国に対して謝罪したのとまったく同じだ。



1992年1月13日、宮沢喜一首相の韓国訪問を3日後に控え、加藤紘一官房長官は慰安所設置に関して旧日本軍の関与を認めて謝罪する談話を発表した。
加藤紘一は、慰安所で軍が関与した料金表などが資料として見つかったことを根拠にしたという。
関係者によると、外交問題となりつつあった慰安婦問題を日韓首脳会談で主要議題としないため、談話を作成して懸案を取り繕おうとしたという。




しかし、結果はどうだったのか?


問題はさらに増幅した。




翌年の1993年8月4日、加藤紘一の後を継いだ河野洋平官房長官は、かの有名な「河野談話」を発表するところまで問題は発展してしまった。




宮沢喜一首相の韓国訪問から15年以上が経ち、安倍晋三首相の米国訪問で同じことを安倍首相がやってしまった。

そもそも、どうして慰安婦のことで日本がアメリカで謝罪を表明しなければならないのか?

慰安婦で最も多かったのは内地の日本人で、朝鮮人など外地の日本人や外国人も居たが、アメリカ人は居なかった。

寧ろ、アメリカは、1945年から始まった日本占領中に1日に300件を超える強姦をしたり慰安所の建設を指示したりしたのだ。

そのようなアメリカから日本が慰安婦のことで責められたからといって、言う事を聞いて謝罪を表明する馬鹿がどこに居るのだろうか?



同じく今朝の産経新聞に古森記者のレポートがあった。








―――――――
「戦後レジーム脱却」へ成果
日米首脳会談

慰安婦「謝罪」不毛の恐れも
2007/04/29, 産経新聞(1面)

【ワシントン=古森義久】
(一部抜粋) 
 しかし、安倍首相は慰安婦問題への対応では誤算を重ねる格好となった。記者会見での「(慰安婦たちに)心から同情するとともに、申し訳ないという気持ちでいっぱい」という釈明は英語でははっきり「謝罪」と訳され、首脳会談でも同趣旨を表明したことが明らかにされた。

 首相は、慰安婦問題が首脳会談での論題になることを防ぐため事前にブッシュ大統領に電話をして、同問題について説明したと伝えられていたが、結局、首脳会談だけでなく米側議員団との会談、同大統領との共同記者会見、さらに米側メディアとの会見でいずれも自ら話題にする結果となった。


 しかも首相は当初、下院に出た日本糾弾の謝罪要求決議案に対し「事実に基づいてない」とか「採決されても謝罪しない」と言明していた。だが訪米では「事の発端」である同決議案に言及することなしに、ただ過去の慰安婦の存在への「謝罪」を繰り返した。この姿勢は米側議員団の中で毅然と同決議案への批判と反対を表明したダニエル・イノウエ上院議員とは対照を描く皮肉な結果となった。

 同決議案を押すマイク・ホンダ議員らは安倍首相の「謝罪」をすでに不十分だとして、決議案の可決を目指す構えをみせており、首相の「謝罪」がまったくの不毛に終わる可能性も浮上している。
―――――――








この程度のことはマトモな人間なら誰でも予想できたことだが、首相の「謝罪」がまったくの不毛に終わる可能性があるという。

私は、今回のことは、1992年~1993年に宮沢喜一・加藤紘一・河野洋平の3馬鹿トリオがやったことよりも、更にマヌケだと思う。

「河野談話」が事実に基づかないことがその後判明したのだし、謝罪を表明した相手がアメリカの議員やマスコミや大統領などだったからだ。


今朝の産経新聞には以下のような記事もあった。



―――――――
拉致と慰安婦同列の扱い 米紙全面広告
2007/04/29, 産経新聞(5面)
 27日付の米紙ニューヨーク・タイムズは慰安婦問題で、「安倍晋三首相への公開書簡」と銘打った「韓国系米国人全国協調評議会」の全面広告を掲載した。
 広告は首相の慰安婦問題への対応を批判し、謝罪を要求。「性的奴隷にされた韓国人20万人に対する安倍氏の傲慢な姿勢をみれば、われわれの大半は拉致された日本人17人の命運を気遣うことがもはやできない」として、拉致と慰安婦問題を同列に論じた。
 一方、下院決議案を提案したマイク・ホンダ議員(民主党)は同日声明を発表し、日米首脳会談後の共同記者会見での慰安婦問題に関する首相発言について、「謝罪表明に力づけられた」と評価する半面、首相発言の延長として「日本政府」が「首相の個人的所感」を公式に認めるべきだとの追及姿勢をなお示した。(ワシントン 山本秀也)
―――――――




 ↑ ↑ ↑
このような全面広告がNY・タイムズに掲載されている真っ最中に日本国首相が「謝罪」を表明すれば、アメリカ国民はNY・タイムズの広告が事実だと考えるのが自然だろう。

これは、南北朝鮮などに今後とことん利用されるだろう。

どうして、安倍首相は、アメリカのマスコミが事実に基づかないパッシングをしたときに堂々と真実を以って反論を繰り返さなかったのか?

安倍首相は就任後、「歴史事実に基づかない対日批判に対しては、そのひとつひとつに徹底的に反論するように」と外務省に指示した(2007/02/15の記事)。

私も、安倍首相の考えに賛同し、このブログでも繰り返し応援してきた。

櫻井よしこさんも、『週刊ダイヤモンド』2007年3月17日号で以下のように述べていた。

―――――――
だが、この種の妥協の積み重ねが、今、日本に向けられているいわれなき非難になっているのだ。いかに困難であろうとも、検証された事実の徹底周知から始めなければ、この問題の真の解決はありえない。安倍晋三首相は、勇気を奮い起こし、万難を排して、事実関係の根本から論ずるのがよい。
―――――――






安倍首相は、櫻井よしこさんや私などだけではなく、自らの発言を裏切った。
西尾幹二が怒るのも当然だ。


そもそも、安倍首相のスローガンは、「主張する外交」、「闘う政治」だったはずだ。

日本が核武装をするときにも日本とアメリカとの間で必ずやアツレキが生じるだろう。
その際、日本国首相はアメリカ国民を説得しなければならない。
それを乗り越えて初めて日本の核武装や真の日米同盟が実現すると私は考える。
低レベルの慰安婦問題でアメリカ国民を説得できないような人物では、日本の核武装でアメリカ国民を説得することは無理だし、大したことは何もできないだろう。


どうやら安倍は、イザとなると自分のことしか考えないようだ。


一昨日、このブログで去年の対支ODA凍結解除について触れたが、更に調べたところ、安倍は総裁選のために支那へのODA再開を決定したようだ。






―――――――
対中円借款凍結解除
総裁選にらみ綱引き
麻生氏先手、発表は安倍氏
2006/06/07, 北海道新聞

 六日の政府の海外経済協力会議で中国への二○○五年度分円借款の凍結解除が決まり、中国との関係悪化に歯止めをかけようとする政府の姿勢が明確になった。その裏側で、対中関係改善をアピールして総裁選レースで存在感を示そうとする麻生太郎外相と、官邸主導の決着を目指した安倍晋三官房長官との綱引きが演じられた。

 凍結解除の流れをつくったのは麻生氏だった。五月下旬、カタールで一年ぶりに日中外相会談を実現し、「日中間に関係改善の兆しがある」と主張、外務省主導で解除を打ち出すタイミングを探っていた。

 これに対し、安倍氏が巻き返しに出て、麻生氏に凍結解除決定を発表させず、安倍氏の記者会見で発表した。この日の海外経済協力会議では欠席した小泉純一郎首相に代わり、安倍氏は議長役を務め、対中円借款を○八年の北京五輪までに終了する方針も再確認した。

 ただ、凍結解除の理由は「総合的に判断した」(安倍長官)と明確にできず、会議で解除に反対した中川昭一農水相は記者会見で「どうして中国に対して援助するのか、正直分からない会議だった」と不満をぶつけた。

 小泉首相は同日夜、記者団に対して「さまざまな意見があるが、中国の発展は日本にとって望ましいことですから」と述べ、安倍氏をかばった。

 自民党内からは「十分な説明がないと、(政府が)うろうろした感じを与える」(片山虎之助参院幹事長)として、中川氏に同調する声も出ており、今後の党内調整が難航する可能性もある。
―――――――










●結論

自民党の有力議員でマトモなのは中川昭一だけ。

7月の参議院選挙では「維新政党・新風」に投票しよう!

核軍縮「はだしのゲン」で訴え=NPT準備委で漫画活用・愚劣極まりない極左のプロパガンダ漫画を世界中の加盟国に配布するとは、日本政府は気が狂ったのか?!


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070429-00000060-jij-pol


核軍縮「はだしのゲン」で訴え=NPT準備委で漫画活用
4月29日17時0分配信 時事通信

 漫画「はだしのゲン」で核軍縮を訴えて-。日本政府は30日からウィーンで開催される核拡散防止条約(NPT)運用検討会議第1回準備委員会で、広島の原爆被害を描いた漫画「はだしのゲン」の英訳版を加盟国に配布する。世界で人気の高い日本の漫画などソフトパワーを活用し、各国の代表や若者たちに原爆の悲惨さや核軍縮・不拡散の必要性を伝えるのが狙いだ。
 日本政府は同委員会で、原爆投下前の被爆地の街並みを再現したCG(コンピューターグラフィックス)も上映。平和・軍縮をテーマにしたマンガ・コンテストの開催や、核保有国を含む各国の学生を日本に招聘(しょうへい)し、日本の学生との討論会を開くアイデアも提案する。








とうとう、日本政府は気が狂ったようだ!





『ぼくらの核武装論』西村幸祐・編集より


【『はだしのゲン』を斬る!】

「原爆の悲惨さを描いた名作マンガ」と評される『はだしのゲン』。
だが、その内容は自虐史観に基づく究極の極左プロパガンダだった


岩田温

(一部抜粋)


【青少年の左傾化に貢献】

 戦後日本人の左傾化に最も貢献した本、それは決してマルクスの「資本論」ではない。幾多の過激で日本人の精神を蝕む有害な書が出版されたが、青少年の非日本人化に最も貢献したのが中沢啓治著『はだしのゲン』である。
 この極左プロパガンダの書は「反核」のみを主張する漫画ではない。「反天皇制」、「反戦」、「侵略戦争史観」、「在日擁護」、「日本人の残虐性」など、戦後左翼勢力が吹聴したプロパガンダが全て内包された恐るべき漫画である。


【天皇に謝罪を要求】

大東亜戦争は日本国民の一部が謀り、大多数の国民を欺き、引き起こした戦争などではない。仮に陰謀があるとすればそれは尾崎秀実らの共産主義者による陰謀であり、財閥や軍部のものではない。米国自身にも存在していた戦う意志、当時の日本の置かれた国際情勢、数百年にも及ぶ激しい人種差別に基づいた欧米の植民地主義への憤り、それらがこの父親からは全て抜け落ちている。




――――――
朴「すくないですが…たべてください」
母「朴さん、どうしてこんなにお米を?」
朴「中岡さんが警察からかえってこられたんだ。めでたいですよ。非国民だとののしられても戦争に反対している中岡さんをわしは尊敬しているんです。うれしいんです。」
父「朴さん……」
朴「日本の植民地にされたわしら朝鮮人はむりやりに日本につれてこられて、はたらかされたり戦場へ兵士としてかりだされています・・・戦争のためにどんなに朝鮮人がいためつけられ苦しんでいるか・・・はやく戦争をおわらせて朝鮮にいる女房とかわいい子どものところへかえりたいです」(同1巻69-70頁)

――――――

先生「えー明日は天皇陛下さまがこの広島にきてくださることになり、広島県民にとってたいへんよろこばしい日だ。みんな日の丸の旗をふってご歓迎するため旗をつくってくることをわすれるな。わかったな」

児童たち「はーい」

ゲン「なにがよろこばしいのだ。わしらの先生はバカじゃのう。天皇は戦争を起こし日本中の街やこの広島や長崎をピカで焼け野原にし、わしのとうちゃんや数えきれない人を殺し、いまも苦しめている戦争の責任者じゃないか。なんでありがたがって歓迎しないといけんのじゃ。おかしいわい。日本人は戦争の反省がたりんのう。わしあ先生をみそこなったわい。あしたは学校サボったるわい。ばかぱかしい。だけど天皇はよくこの広島へのこのこやってこれるのう。いまも多くの死体が埋まっているこの広島へ。わしだったらはずかしくて苦しくてとても人前に出れんわい。あ~腹がへったのう。なにか食うものはないかのう。天皇はおわびに米でもわしにもってきやがれバーカ」(同5巻39-40頁)
――――――




【「ゲン」を図書館から撤去せよ】

 だが、このプロパガンダが小・中・高校の生徒に読み継がれ、少なからぬ青少年に「感動」(!)を与えているのだ。
 20代の諸兄は思い起こして欲しい。学校の図書館、学級文庫に漫画は存在しないはずなのに、何故か、この「はだしのゲン」だけが置いていなかったろうか。
・・・(中略)・・・
 この愚劣極まりない漫画は、日本人を憎悪し、社会主義革命を夢見る狂信集団、日教組によって組織的に買い支えを受けていたのだ。
・・・(中略)・・・
 日教組の解体撲滅と同時に全学校の図書館からこの有害極まる「はだしのゲン」を撤去しなければならない。これこそが真の教育再生への第一歩である。








配布した漫画は回収すべきだ!





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